東京都内では、少しずつ南インド料理店も見かけるようになってきましたが、それでもナンやカレーをメインとした北インド料理店と比べるとあまりにもお店の数は少なく感じられます。それにはネパール人が関係しています。
実際はネパール料理店
インドから日本に来れるのはカーストが高く裕福な人たちです。
インドでは料理人の地位は比較的高く、国内に留まっても生活に困らないため、海外に出てまで出稼ぎにこだわる人ばかりではありません。
インドでの月給は日本円で五万円から十万円、高級ホテルであれば三十万円と言われています。シェフクラスであれば給与とは別に日本より優れた福利厚生が別途与えられている場合もあります。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、ネパールはインドより大変貧しい国で男は海外で働くというのが常識。
ネパールの首都カトマンズなら良くて月五万円。片田舎なら全くそこまで及びません。
そこで隣国インドはもちろん、はるか遠く日本まで出稼ぎに来て働いているネパール人がとても多く、就労ビザを得るためにブローカーに大金を払ってまで日本にやってきます。
一方、インド人の場合はどうなのでしょうか。
インドは歴史的にイギリス領だった時代があります。インドでは英語を話す人が多いため、大都市であれば買い物や食事で英語が通じます。
海外留学にしても仕事先にしても英語に慣れ親しんだインド人が選ぶのはカナダやアメリカ、オーストラリアなどの英語圏が圧倒的です。
日本語というハードルを超えてまであえて日本を選ぶインド人はとても少ないのです。
ですからインド人は日本での就労ビザのためにわざわざ大金を払うということはありません。また、毎月実家へ仕送りをするほど生活に困っているわけでもありません。
そういった様々な事情から日本を仕事先に目指すインド人はIT系や宝飾系、料理人といったインド国内でも裕福な人たちに限られてくるのです。
実のところ「インドカレー」「インド料理」と看板を掲げて店を出しているのはほとんどがネパール人経営の店なのです。
それではインドカレーでなくネパールカレーでは?という疑問がわくと思いますが、全くその通りなのです。
更に現状は厳しく、料理の技能の有無にかかわらず、お金のためだけに大量に渡航してくる人が未だに後を絶たないのです。
ですからインドカレーという看板を見て入店しても、それが「インドの味」とはいかないのが現実です。
ではなぜネパール人はネパール料理店として堂々とオープンしないのでしょうか。
ネパール料理に興味を持つ人がいないことが一つ。もう一つはインド料理という名前を借りてネパール料理を出しても日本人なら気付かないだろうという考えがあるのかもしれません。
日本人でも自分の家の味がいつもと違えば、その味の違いを感じ取れますから、インド人ならネパールカレーとインドカレーの味の違いを如実に感じ取れるのも当然のことです。
ですから、ネパールの味をインド料理として他国に誤解させたまま定着させてしまっていることにインド人が大いに不満や憤りを感じるのは最もなことです。
日本の寿司にも同じ状況があります。ロサンゼルスやロンドンには中国人が経営する寿司屋があります。日本では見慣れない寿司を出していますが、現地の人はそれを本場の味だと思って食べているわけです。それはそれで別物と割り切れば素直に美味しいのかもしれませんが、修行に明け暮れ本物を追求する寿司職人にしてみたら日本の味への誤解はやりきれない思いもあるでしょう。
ビザが問題視される事態に発展
こういった状況が長い間続いた結果、数年前からネパール料理人の就労ビザ発行の緩さが問題視されるようになりました。
また、貧困国を相手にしているという点から日本政府の難民ビザの審査が緩く、偽造書類を使ったビザ申請を斡旋する業者にお金を渡してまでも入国するネパール人が後を経たなかったのです。
そして家賃の安い地方都市にまで足を伸ばし、インド料理という看板を掲げている姿も見かけるようになりました。
イタリア人が料理人として就労目的で入国するためのビザはイタリア料理の経験が必要です。その経験があってイタリア料理店で働く許可が与えられます。フランス料理やトルコ料理でも同じです。
一方、ネパール人はネパールカレーしか本来商売として労働してはならないでしょうが、インド料理店で働けるビザを日本政府が発行していますからそこにも問題があるようです。
実際のところ、インドネパールという話以前に調理場の経験すら十分にない入国者も少なくありません。
のちにビザ審査が厳格化されて、料理技能が本当にあるのかを見極めるためにネパール大使館に呼び出され、実技を試されるようになりました。
ネパールにはこの審査のために、ナンやタンドリーチキンの焼き方を教える学校まであるくらいです。
しかし、この就労ビザには保証人というものがあります。事業主や経営者であるなど一定の基準を超える社会的地位や信頼がある人物が保証人になれば、大幅にビザの審査が緩和されるのです。
ネパールの首都カトマンズのとあるホテルに滞在した日本人社長がホテルのスタッフに「200万円渡すから保証人になって日本に連れてってくれ」と持ちかけられたという話まであります。
またインドでもネパール系料理人は働いていますが、入国の際の審査は日本よりずっと厳しいものとなっています。
タンドリーチキンの漬け時間やこの料理にはどのスパイスを入れるかなど料理人としての知識レベルを細かく審査するようです。
調理場スタッフとして入国した彼らの多くは皿洗いとして使われているようですが、インド人より我慢強いネパール人の気質もあってか最後まで店を辞めずにあらゆることを習得し、出世する人もいるようです。
ネパールなどのインド人以外の経営によるインドカレー店には実は法務省やブローカーが関与しており、以下の「草の実堂」さんの記事で詳しく解説しています。
ここしばらく謎だったのが、外国人が経営するインドカレー店が増えてきたことだ。 最初は都内の駅から離れた場所にこっそりオープンしていたが、徐々に郊外でも増え始め、今では地方の駅の近くにも堂々と店を構えている。 しかも、近い立地に複数オープンするケースも増え、完全に需要を上回っている。当然のことながら
インド料理店が多いワケ
北インド地方の濃厚クリーミーなインドカレーはネパールカレー(いわゆるインネパ系)によく似ておりますが、分類としてはインド料理ではなく多国籍料理に該当します。
- 多国籍料理(カレーライス・ネパールカレー・タイカレー・スリランカカレー)
ネパール人はこのネパールカレーを作り、店を開いています。
それらの店が「インド料理」の看板でなりすまして商売していれば、日本人からすればインド料理店、インドの味となりますし、わからない人にはわかりません。
しかし、彼らは(理由は分かりませんが)南インド料理は作らないため、南インド料理という看板やメニューがあればまず間違いなくインド人の店と信じて良さそうです。
種類 | 料理 | 看板 | 店舗数(%) |
---|---|---|---|
インド料理店 | インドカレー | インド料理 | 10 |
ネパール料理店 | ネパールカレー | インド料理 | 80 |
南インド料理店 | 南インド料理 | 南インド料理 | 10 |
インド人の感覚で、本当のインド料理の店の数を実態に即して表すと「インド料理店:ネパール料理店:南インド料理店」=「1:8:1」のような感じではないかと言います。
ですから、驚くことにインド料理店と思っていた店のほとんどがネパール料理を提供している店だということになります。
また、インド料理店の中でも本格インド料理店となると更に数が限られます。
“本格”インド料理とは?
インドでいう本格料理とはインド伝統のレシピで作った料理、主に宮廷料理のことです。
インド人が自国の料理を自分のレシピで美味しく作ったとしても本格インド料理とは呼びません。
インド料理店と本格インド料理店の違いは、味が「レストランの味」か「本来のインドの味」かという違いです。
「レストランの味」とはその店のシェフのレシピの味のことです。「本来のインドの味」とはインド伝統のレシピに則った味のことです。
そして、この伝統レシピはインド国内でも限られた人だけが継承できるものなのです。
「本格」という名を付けて店を出すことは誰でも出来ますが、言葉通りに「本格」料理を出している店はごく少数です。これは世界共通です。
「本格」という言葉(オーセンティック)の本来の意味とは、その道の伝統やその世界の流儀に従い、その基本的な技や方法論を重んじながら物事を成し遂げることです。
料理の世界であれば、例えば江戸前寿司なら江戸前流の流儀があります。四川料理にしてもプロヴァンス料理にしても、国や地域に受け継がれている味、伝統、料理法があります。
本格料理とは、その料理界の一流のみが伝承するレシピを教わり、技術を含めた全てを受け継いだ者が作れる「本」来の「格」式ある特別な料理のことなのです。
本格料理とホテル
ホテルとは元々は王侯貴族のための場所でした。それは飛行機が誕生するずっと前の話です。
海外旅行というものが庶民の手に届かない遥か遠い昔、贅を尽くした装飾や調度品で彩られたホテルは多くの家来を引き連れ、何ヶ月もかけて馬車や船でやってくる上流階級が寝泊まりするために使われました。
ホテルは遠くから遥々やってくるゲストをもてなす場でもありますから、選ばれたホテルシェフがその土地の料理を作る事となります。
そしてこのホテルの料理と家庭料理は異なります。
家庭料理というものは家族の健康を守るための料理です。日々の体調に合わせてスパイスを変えたり、家事の負担とならないよう手軽に作れるものでなければなりません。
一方、ホテルで出される料理は宮廷料理です。
庶民の料理である家庭料理と対極にあります。宮廷料理は手間隙を惜しみません。材料やスパイスにこだわり、調理時間がかかることも気にしません。王侯貴族向けの宮廷料理は伝統的にホテルに受け継がれてきました。
皆さんはインド最高峰のシェフ、イムティアス・クレシーをご存知でしょうか。
彼の料理はマハラジャ、そして首相や大統領にも認められました。
また、5つ星ホテルITCのグランドマスターシェフとしてインド宮廷料理の伝統を守り伝えてきたことを評価され、政府から料理人初の勲章を授与されました。
彼の料理は国を代表する味、まさにインドの味です。
つまり、本格料理はインドの一流ホテル、又はその料理を学んだ者の料理を味わうしかないでしょう。
これでインド料理店の実態がお分りいただけたでしょうか。
ちなみに漠然とインド料理といった場合、一般的には北インド料理(ムガール料理が多い)を指します。
ムガール料理、南インド料理と北インド料理の違いについては以下で徹底解説しています。
ネパールカレーとインドカレーの違い
ネパールカレーとインドカレーの決定的な違いは何なのでしょうか。
それはスパイスの使い方です。ネパールカレーは
- 日本のカレーライスに近い
- 食材が変わってもスパイスは同じ
- スパイスをあまり使わない
- ルーの味は同じ
- 優しい味わい
- 香りが単調
一方インドカレーは
- 食材ごとにスパイスの配合を変える
- 食材ごとにスパイスの分量を変える
- ふんだんにスパイスを使う
- アロマ(香り)を引き出す
- 香りにパンチがある
という違いがあります。
ネパールカレーは日本のカレーライスと同じく、具によってベースとなるカレーソースの味を変えません。またスパイスも控えめで香りも弱いため日本人に受け入れられている面もあるようです。
繊細さが生み出すワザ
お寿司屋さんも色々と食材に合わせ、握るネタに合わせます。
- ネタの厚さを変える
- ネタの切り方を変える
- 酢飯の酢を変える
- 炊く米の硬さを変える
- シャリの握りの強さを加減する
といった繊細な芸当ができます。これは経験やセンスによる妙技でしょう。
インド料理ではスパイスです。豆なら豆の甘みや旨みをスパイスで引き出す。マトンならスパイスで臭みを抑え、別のスパイスで肉の旨味を際立たせる。そんな繊細さがスパイスのアロマで表現されています。
繊細さの中にパンチがある、エッジの利いたスパイスの使い方をする料理がインド料理の特徴なのです。
インド人が教えるネパール人の店の見分け方
以下に一つでも該当すればネパール系で間違いありません。
- インド・ネパール料理店と書いてある
- ネパールの地図が店内にある
- エベレストの写真が店内にある
- ネパール国旗が掲示されている
- インド料理&バーという名称で飲み屋を兼ねている
- インド料理のほかにトルコ料理を出している
- インド料理のほかにタイ料理を出している
- インド料理のほかにベトナム料理を出している
- インド料理のほかに中華料理を出している
- インド料理のほかに唐揚げなどおつまみを出している
- モモと呼ばれる餃子がメニューにある
- ネパール語の店名をつけている
- 日本語の店名をつけている
インド人が教えるインド人の店の見分け方
- インド料理のみを扱っている
- 南インド料理を扱っている
- 西インドやインド郷土料理を扱っている
- インドのストリートフードを扱っている
いかがでしたでしょうか。
インドカレーのお店の大半はネパールカレーのお店で、「インドの味」をお召し上がりいただける本当のインド料理店は実際は少ないという話をしました。
インド人が作る本来のインド料理は一味も二味も違います。まずインド料理のお店を知ったら、次は本格インド料理店にもぜひ足を踏み入れてみてください。
きっとその圧倒的なスパイスのアロマの力強さ、奥行き、香り高さに酔いしれるはずです。
例えば、滋養食として長い歴史を持つ烏骨鶏を使ったインド宮廷料理はいかがでしょうか。
バスマティという品種の米を鶏肉やマトンと炊いたご飯料理があります。日本のお赤飯のようなめでたい席にふさわしい料理でもあります。
コメント